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今のうちだぜ。(続き)

デンマークのある一人の医者が、難破した若い水夫の死体を解剖することになった。

彼の眼球を調べるに至った時、医者は驚くべきものを目にする。

網膜に映っていたのは、美しい一家団欒の光景だった。

医者は、なんとも不思議なこの話を友人に話した。

小説家でもあるこの友人は、一つの説をたてる。


▼難破したこの水夫は、波にもまれ、たたきつけられ…無我夢中で手をのばしたのだ。 と、幸運なことに燈台の窓縁に手が触れた。

必死にしがみつく。

ああ助かった! 声をあげようとしたその時、彼の目に映ったもの。

それは燈台守の家族が食卓を囲む、あたたかい光景だった。


▼彼は思った。たすけてえ!なんて声をあげたら最後、この団欒を台無しにしてしまう。

彼は躊躇い、その瞬間に今度こそさらわれてしまった。

小説家と医者は「この水夫は世の中で一ばん優しくてそうして気高い人なのだと解釈し」、懇ろに弔った。


▼『雪の夜の話』の主人公しゅん子は、「少しお変人の小説家」である兄からこの話を聞き、思うのだ。

「たとい科学の上では有り得ない話でも、それでも私は信じたい」。


▼私も信じたい。だからきれいな景色を見たとき、全部自分のなかに記憶しておきたくてじっと見つめる。

くじゅう高原の夜空、宮古島で潜って魚と正面から顔を見たときのこと、宮島や美ヶ原でみた半熟卵みたいな夕日。

さまざまな景色。


▼そしていつか叶える夢。

オーロラをこの目でみること。犬ぞりで疾走すること。

いつか何も見たり聴いたりできなくなるのなら、今のうち。


以上、天声人語風(?)に書いてみました。ひとりごと。 今日は夜の約束までのんびり。楽しいGWになりますように。